Home > ニュース > 「10年に1本の傑作を作るのではなく、10年連続で駄作を作る監督になろうと思っています」日本映画スプラッシュ『走れ、絶望に追いつかれない速さで』-10/30(金):Q&A
ニュース一覧へ 前のページへ戻る
2015.11.13
[イベントレポート]
「10年に1本の傑作を作るのではなく、10年連続で駄作を作る監督になろうと思っています」日本映画スプラッシュ『走れ、絶望に追いつかれない速さで』-10/30(金):Q&A

走れ、絶望に追いつかれない速さで

©2015 TIFF

 
10/30(金)日本映画スプラッシュ『走れ、絶望に追いつかれない速さで』の上映後、中川龍太郎監督をお迎えし、Q&A が行われました。⇒作品詳細
 
Q:昨年『愛の小さな歴史』で東京国際映画祭に初参加していただき、それから1年に満たない間にものすごいスケールアップをしているのにびっくりしています。まずは、太賀さんをこの作品に起用した経緯をお聞かせください。
 
監督:去年の『愛の小さな歴史』の時に池松壮亮くんが、一緒に作ろうと思っていた映画の企画の中である二人の名前を挙げていて、それが『愛の小さな歴史』主演の中村映里子さんと今回の太賀くんでした。『愛の小さな歴史』をやってみて、映里子さんが素晴らしかったので、それじゃ今度は太賀かな、と。池松壮亮くん様々ですね。
 
Q:小林竜樹さんとのご縁も少しお話いただけますか?
 
監督:竜樹くんとはちょうど同じようなタイミングで会ったのですが、さっき(舞台挨拶で)言っていた通り、その時作ろうと思っていた映画が色々あって流れたということがあり、そういった経緯の中で出会いました。だからこそ今回は彼でやりたいというのが今回はベースとしてありました。
 
Q:少し野暮な質問になりますが、完成した作品のうちどのくらいが事実に基づいて、どのくらいが映画のために膨らませたところなのでしょうか。
 
監督:僕自身は高所恐怖症なので、あんな高いところで飛び降りるようなことは絶対やりたくない。撮影中もずっと嫌だったし、だからグライダーなんかも全部でっちあげですね。描かれていること自体はほとんどフィクションと言ってよいと思いますが、ある部分だったり、そこに描かれている心情の部分、「何にも関係なく死なれた方が嫌だったな」という気分であったり、彼の恋人との関係性であったりとか、そういう部分は非常に自分の実感から出てきたところだと見ております。
 
Q:小林さんが舞台挨拶で触れていましたが、もともと親友が生きている段階でこのお話を作ろう、生きている彼を小林さんにやってもらおうという話がまずあったとのことでした。構想の初稿の段階ではどういうストーリーになっていたのでしょうか。
 
監督:最初の構想段階では、自分達が大学を卒業するタイミングだったので、大学時代の友人たちについて描きたいというのがあって、だいぶ古いことなので題名しか覚えていないけれど、『世界で一番新しい夜明け』という題名の映画で。それがこういう形になったというのは自分でも説明がつかないですね。
 
Q:劇中のセリフで何度も出てくるキーワード「絶望に追いつかれない速さで走れ」が邦題で、英題が『Tokyo Sunrise』ですよね、そのあたりに込められた違いをお聞きしたいです。
 
監督:この言葉は実際に僕の亡くなった親友が、全然違う文脈で英語で自分に言ってくれてた言葉で、それを自分なりに訳したのが「走れ、絶望に追いつかれない速さで」という題名なんですね。だからこの題名でやらないとこの映画を作る意味がないし、公開する意味もないんじゃないかということで、だいぶプロデューサーの木ノ内さんとは話したりはしました。海外にこれから出させていただく時に『Tokyo Sunrise』というのはちゃんと惹きがあるし、はっきり分かる。邦題をそのまま英語にして『Run Faster Than Despair Catchup』みたいな感じにすると覚えづらいという問題があるんじゃないかと言われました。
 
Q:薫がなぜ自殺をしたのか、自殺するまで何をしていたのかはっきりせずに描かれているのは意図的ですか?なぜミステリーのままにしたのかについて語っていただけますでしょうか。
 
監督:人間は生まれてくる時はパブリックな存在だと思うんですよ、どんなに望まれない生まれ方をしていても、何であれ公的な存在として生まれてくると思うのですが、死ぬときはどんなに看取られて亡くなったとしても非常にプライベートな事だと思うんです。生まれる事がパブリックなのに対して、死ぬというのはすごくプライベートなことだと思うんですよね。だから何で死んだかということは、自殺であろうと何であろうと、あまり描かない方が品がいいんじゃないかというのが一つの理由としてあります。もう一つは、自分自身に近すぎる題材であったこともあり、正直に言って、実際にどういうかたちで亡くなったのかわからないので、そこについて自分が描くことは亡くなった友人に対する冒涜なのかなという気分もありました。
もう一つ、自殺の問題ということでいえば、多くの場合、自殺って貧困とか健康問題とか、そういった問題と結びついてくることが多いと思うのですが、日本の場合はそういった意味ではちょっと特殊な部分があると思うんです。それはこの映画では何も解き明かせてはいないのですが、でも、いずれやっぱり、僕がこういうことを言うのもおこがましいのですけれど、日本社会の中で、映画だったり文芸であったりという題材の中で語っていくべきことなのかなという風に思っております。
 
Q:最後に太賀さんが旅館にある絵を発見しますが、自殺の前日にあんなに明るい絵を描くのだろうかと疑問に思いました。なぜあそこまで希望に満ちた絵を描いた人が絶望に追いつかれてしまったのか。自殺というものはそんなに分かりやすいものではないというような意図があったのでしょうか。
 
監督:非常にお恥ずかしい話なのですが、あの絵に関しては何度もやり直していて、描いていただいている方も何人も変えていただいて、全く自分自身、方針が決まらなかった。この映画は、最初は彼について語っている映画だったんです。だけれども、書いていくうちに今の自分にはそれが不可能であると思いまして、これが一番お恥ずかしいのですけれど、自分を慰めるようなものを作らないといけないという、そっちの方に気持ちがどうしても行ってしまって、それが太賀くんや小林竜樹くんと話していく中でもすごくそう思っていったことです。だから、死ぬ直前の人間がああいう絵を描くかというと、僕はそういうことはないと思うのですけど。僕の経験から言っても、友人はその直前まで共通の友人と明るい話をしていたりもして。
『走れ、絶望に追いつかれない速さで』という題名だけれど、何も走っていないんですよね、この映画は。走り出す後押しを、ただ単に自己満足かも知れないけれどしたかった。無理やり言葉にするとそういうことなのかなって気がします。でも、失敗だったかも知れないですね。
 
Q:中川監督の『小さな歴史』シリーズを観ていると、あちらはストーリーが積み重なって一つの大きな歴史やドラマのようになっていたと思います。本作を観て、昨年からすごくグレードアップしたと感じました。新藤兼人監督が言うように「自分の身の回りのことについて1本作るといい脚本家になれる」という点もあると思うのですが、もっと大きいと思うのは、中川監督が「25歳にしてこれまでの人生を懸けた切り札を切った」ということだと思います。来年またこの場に戻ってくるために、今後どのように展開をしていくのかをお聞かせくださいますでしょうか。
 
監督:まずここまで深い質問をくださりありがとうございます。この世にも私のファンというのがいたんだなぁということに驚いています。質問にお答えするとすれば、まず今作はおっしゃっていただいたほど、私の中での切り札になり得るものではないということです。どういうことかと言うと、最初はその時に感じた絶望感や実体験に基づく要素を作品に反映させようと思っていたんです。友人が亡くなった後に、私はみっともないことをたくさんしました。事実は作品ほど綺麗ごとではなくて、やはり映画を作る中で綺麗にまとめていく作業をしてしまったり、映画としてのクオリティを上げるためにどうしようかと試行錯誤をしたというのが本音になります。そのため、本作を切り札にしなければならないのに、切り札に仕切れなかった自分というのがいると思っています。それはある意味では本作にいい結果となって反映されているし、一方では悪い結果となって反映されているとも思っています。で、次に作ろうと思っている作品はたくさんあるのですが、低予算でも日本のアニメーション映画、例えば細田守さんや宮崎駿さんの作品に負けないクオリティのエンターテインメント作品が作れるんだというところを、見せたいと考えています。1回は自分の実体験から離れて、そうした作品を作ってみたいと思っています。
 
Q:今作は台詞がどんどん削ぎ落とされていって、画面で見せるシーンが多かったように思います。次はもしかしたら台詞の一切ない作品になるじゃないかと想像していますが、詩人でもある中川監督はどうお考えなのかを聞かせていただけますでしょうか。
 
監督:実は私が最初にロードショーさせていただいた作品は台詞が一切なかったんですよ。その時、関係者の方から台詞がなさすぎることで、作品が一種「記号的」になっているという指摘がありました。そのためそれ以降、この台詞を抜く手法は使うまいと考えていたので、次の作品でセリフがなくなるということはまずありえません。またもう一つ台詞のことについて言えば、今回の作品はもっとセリフの多い脚本だったのですが、自分でもわからないまま削っていって、どう作るのが正しいのかわからないまま終わってしまった部分がありました。太賀さんや小林竜樹さんという二人の役者さんへの信頼もあったのですが、あまり断定的なことを台詞に込めるというよりも、台詞の量を減らすという選択肢をとることは、私にとっても非常に大きな挑戦になりました。
 
Q:太賀さんの台詞が少ない点について言うと、あの朝食のシーンは今年の日本映画ではあまり見たことがないくらい感動しました。あのシーンの撮影について、何かおうかがいできますでしょうか。
 
監督:あのシーンについては2つ言いたいことがあります。1つは太賀という役者の素晴らしさです。まるで高倉健さんのように前日から食事を摂らず、普段は明るい人柄なのに敢えてスタッフともコミュニケーションもとらずに、きちんとあのシーンに入っていく準備をしてくれました。あのシーンは別室でモニターを見ながら確認していたんですが、自分の映画で役者さんにやってもらっているシーンで泣いてしまったのは初めてでした。そういう意味でも、太賀さんのお陰で胸を打つシーンを撮る事が出来たことに感謝しています。あのシーンは少し長いと感じる部分もあったのですが、太賀さんを信頼してあの長さにしたという背景があります。
またもう1点は、あのシーンで出てくるおじいさんは私の本当の祖父なんです。彼は茨城弁の訛りがひどいため、台詞を話させることは絶対に出来ないな、という裏事情がありました。祖父も90歳で、先がそう長くないだろうと(笑)。それは冗談として、私もすごくおじいちゃんっ子だったので、やっぱりこの先亡くなったりするときが来ることを考えるとすごく悲しいと思っていて、そうした意味も込めて「生と死」について取り扱った本作に祖父を出演させて、どんな作品になるのか、というのは非常に意識した部分でした。実は設定としては彼は飛行機乗りで、気づいた方がどれくらいいるか分からないのですが、彼が持っているマグカップには飛行機に関する絵がプリントされている、という部分にも気を遣っているんです。で、そうした設定の中で多くの高齢男性を当たってみる一方で、結果として私自身がすごく思い入れのある祖父に出演してもらうということになりました。それがあのシーンの、一種のつやのようなものになっていればいいなぁと思っています。
 
Q:最後に監督から、今後の見通しなども含めて一言コメントをいただけますか。
 
監督:大変未熟な作品だと思っていて、自分でもそんな何でもできるような才能があるわけでもないと思っているので、自分に出来ることは作り続けることだと思っています。今の日本では低予算で組んでも作品化するのが難しいという現状があって、私は10年に1本の傑作を作るのではなく、10年連続で駄作を作る監督になろうと思っています。そういう意味で今回よかったと思ってくださった方も、そうでなかった方も、観続ける中でこいつまだ続けてんだなぁって思ってもらえると嬉しいです。

木下グループ 日本コカ・コーラ株式会社 キヤノン株式会社 株式会社WOWOW アウディジャパン株式会社 大和証券グループ ソニー株式会社 フィールズ株式会社 ソニーPCL株式会社 dアニメストア MasterCard 株式会社ぐるなび セイコーホールディングス株式会社 株式会社 TSUTAYA 松竹株式会社 東宝株式会社 東映株式会社 株式会社KADOKAWA 日活株式会社 森ビル株式会社 TOHOシネマズ株式会社 一般社団法人映画演劇文化協会 読売新聞 J-WAVE 株式会社InterFM 株式会社ドワンゴ スカパーJSAT株式会社 ダウ・ジョーンズ・ジャパン株式会社 テレビ朝日 LINE株式会社 BS日本映画専門チャンネル YAHOO!JAPAN 株式会社GyaO アサヒビール株式会社 ゲッティ イメージズ ジャパン株式会社 株式会社クララオンライン CinemaGene(シネマジーン)
KEIRIN.JP本映画祭は、競輪の補助を受けて開催します。TIFF History
第27回 東京国際映画祭(2014年度)