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2015.11.12
[イベントレポート]
「血縁関係ではないけれども一緒に生きていく」ワールド・フォーカス『風の中の家族』-10/24(土):Q&A

風の中の家族

映画祭事務局で事務局員を労ってくれたワン・トン監督(左)とデイヴィッド・タンさん
©2015 TIFF

 
10/24(土)ワールドフォーカス『風の中の家族』の上映後、ワン・トン監督、プロデューサーのデイヴィッド・タンさんをお迎えし、Q&A が行われました。⇒作品詳細
 
ワン・トン監督(以下、監督):こんなにたくさんの観客の皆さんがこの映画を観に来てくださって、本当に嬉しく思っています。ぜひ映画を観て感じたことや、質問をお聞きしたいと思います。
 
デイヴィッド・タンさん(以下、タンさん):監督と私は初めて東京国際映画祭に来ることができ、とても嬉しく思っております。この映画は5年かけて作りました。1949年、歴史の動乱の中、300万人が台湾に渡ったのです、知らない土地に。そうした歴史的事件を再現することに非常に心を砕いた、そういう作品です。
 
監督:司会をされている石坂さんとは、福岡の映画祭や金馬奨、また様々なアジアの映画祭で顔を合わせています。日本映画のみならずアジア映画にも貢献されている方ですよね。石坂さんとは以前からご縁がありましたが、東京国際映画祭に初めて来られて本当に嬉しいです。
 
Q:この映画は、非常にリアリティがありますが、ワン・トンさんの記憶の中にあったエピソードとか、いろいろ取材もされたと思いますが、少し背景を教えていただけますか。
 
監督:背景についてですが、実はたくさんエピソードがあり、それは本になっていたり、いろんな人が語っていたり、当人たちは80歳を超える高齢になっているわけですが、そうした話を脚本家が集めました。自分もそのうちの1人なのですが、自分の家族の話を撮ろうと思ったわけではありません。血縁関係ではないけれども一緒に生きていく・・・ 例えば映画の中では、息子として育てるけれど本当の親子ではない父と息子との関係。3人の兵士が兄弟のように寄り添って生きていく、本当の兄弟ではないのですが。それから恋愛ですね。台湾の人は「縁」というのですが、日本人も「えにし」と言うと思うのですが。それを描きたかったのです。人生で重要なのはこの3つじゃないかと思います。戦争よりも何よりも大事なのはこれだと思います。
 
Q:ワン・トンさんのご家族も大陸から移ってこられたのですね。当時はあの子供ぐらいだったのですか?
 
監督:まさにあの映画の中の子供ぐらいでした。私がここで申し上げたいのは、私は戦争に反対する気持ちを強く持っていることです。人が生きていく価値は、人の愛、情愛にあると思います。しかし、それを粉々にしてしまう、悲惨な影響を及ぼしてしまうのが戦争だと思います。戦争に反対する気持ちを込めました。
 
Q:この作品は上海でのプレミアのあとに、中国大陸でも公開されていると聞きますが、中国の方はどういう反応だったのでしょうか。
 
タンさん:この映画は出資方に大陸の会社もあります。彼らがなぜ出資したかというと、好奇心、興味があったからです。蒋介石とともに台湾に渡った300万人の人たちはどうやって生きていたのだろうかという、好奇心があったわけです。上海国際映画祭で上映された時の観客もまったく同じ状態で、たくさんの方が観に来ていました。台湾と中国の関係と言うのは非常に複雑です。300万人と言いますが、その家族、友人、知人を含めますとものすごい人数になるわけで、観客の中にもおそらく関係者がいるわけですね。彼らは親近感、好奇心もあって、熱心に観ていました。
 
Q:キャストについて?
 
監督:この映画の中の俳優は、台湾でも人気のある俳優です。彼らも台湾の今の若い人も、台湾の歴史をほとんど知らない。たぶん日本も同じだと思いますが、今の若い人は歴史を心して学ぶということをしないのですね。ただ、彼らは映画に対してやる気がありました。ですから、私たちは彼らをいろいろと訓練しました。2~3年の時間をかけて、彼らにたくさんの資料、写真、ドキュメンタリーを渡し、本を読んでもらい、プロデューサーと一緒にたえず彼らに当時の話をしました。また、当時の衣装やセットを見せると、だんだんと気持ちが入っていくようでした。ひとつ例を挙げますと、戦争の中で3人が、他人なのに兄弟のようになっていくというシーンがありますが、あのシーンを最初に撮ったのです。最初に撮ることによって、役者たちも初めはお互いを知らなかったので、そこで兄弟のようになれたということです。
 
タンさん:彼らにとってはこの映画はチャレンジだったと思いますね。というのは台湾ではずいぶん長い間こういう題材の映画は撮ってないわけです。手間も暇もかかる題材ですし、必ずしもヒットするとは限らないので出資者はあまりお金を出したがらないんです。彼らはワン・トン監督と仕事ができるということに、もの凄く興奮していました。非常に優秀なスタッフですし、本当に大事な題材なので、彼らもやりたい作品だったようです。彼らにとってもこの時代の話は、見知らぬ時代で。だから、監督に出された宿題はたくさんやらなければなりませんでした。例を挙げますと、少年になったフォンシエンを演じているメイソン・リーはアン・リー監督の息子さんなんです。アン・リー監督の息子さんはアメリカ育ちで、この映画のために帰ってきたときは、ほとんど北京語を話せませんでした。ですが監督に、とにかく北京語ができなくてはダメだ!といわれて彼も凄く努力をして。1年後の撮影には、皆さんがご覧になったような素晴らしい成果を挙げて喋れるようになっていたんです。
 
Q:『牯嶺街少年殺人事件』のエピソードと同じようなシーンがありましたね。
 
監督:そうです。『牯嶺街少年殺人事件』とほぼ同じ年代ですね。あの時代の台湾には言論思想が非常に厳しく規制されていまして、当時の政府は蒋介石の家族に対して何か反対するようなことを言うとすぐに捕まってしまう。当時の台湾政府は共産党を非常に恐れていましたから、そういう思想傾向は共産党向きだということで牢屋に入れられて7、8年は出られない状態だったんです。この時代のことを白色テロの時代と言っていました。
 
Q:ショスタコーヴィチは駄目だ、とか、音楽でもそういう制限があるのですか?
 
監督:そうです。音楽方面でもたくさん規制されて、李香蘭の音楽なんて聴いてはいけなかったですし、写真もダメだったんです。もちろん小説も。
 
Q:ここ2、3年台湾で製作されている映画は、内戦をテーマにした作品が少し多くなっている気がします。台湾でもそういう作品を作っていこうという社会背景がありますか?
 
監督:今の台湾はどんな題材を撮るのも大丈夫、自由です。ただ問題は観客の観たいものが青春映画など楽しい作品だということです。なので、こういう映画は責任感を持たないとなかなか撮れないし、難しいのでやっぱり少ないですね。これからの台湾映画はいい映画が出てくると思いますし、またそういう監督さんも出てくると思います。
 
タンさん:私からちょっと補足をしますと、この20年くらい台湾においては映画製作に対する制限はありません。言論も思想も自由です。50年代60年代はそうではありませんでした。それは東西の冷戦の影響があって台湾では非常に厳しく映画も制限されましたが、その後の20年間は全く自由、民主的な映画製作が行われています。
 
Q:音楽のことで聞きたいのですがテレサ・テンの『甜蜜蜜(ラブソング)』を使ったのは『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』とか、そういう過去の作品に対してのリスペクトだったのか。あるいは『ゴッドファーザー』などの影響やリスペクトがあったのか、聞かせてください。
 
監督:本当に、よく映画をお分かりになっている方で、映画をよく勉強しているのではないでしょうか。ご指摘の『ゴッドファーザー』は私の中にありました。ただ『ゴッドファーザー』と違うのは、あちらはマフィアで、この映画のお父さんは軍人出身というのがちょっと違うところですね。音楽の『甜蜜蜜(ラブソング)』、テレサ・テンの音楽を使ったのは、まさにあの時代の台湾を代表する音楽だからです。
この映画の中で私は小津安二郎監督に対するオマージュも込めました。息子が結婚したあと、お父さんが家に帰って寂しそうにしている、あのあたりのエピソードです。
この映画を気に入って下さると嬉しいです。皆さんにお辞儀をしたいと思います。
 
タンさん:ありがとうございました。

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