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2015.10.23
[イベントレポート]
「人間が心理の奥の歪みから脱する過程を描き、その先に観客が一種の安らぎを感じられるようにしたかった。」コンペティション『ルクリ』-10/22(木):Q&A

ヴェイコー・オウンプー監督

©2015 TIFF

 
10/22(木)コンペティション『ルクリ』の上映後、ヴェイコ・オウンプー監督をお迎えし、Q&A が行われました。⇒作品詳細
 
次回上映:10/26 17:20-、10/29 21:00-
 
登壇者:ヴェイコ・オウンプー監督
 
Q:初めての東京だと思いますが、まずは東京の印象をお聞かせ願えますか?
 
監督(以下、監督):東京に着いたばかりで、まだ混乱しています。非常に広大で、すばらしい街だと思っています。東京国際映画祭のコンペ部門に選定していただきありがとうございます。作品を携えて来られたことを誇りに思うと同時に、小恥ずかしい感じがいたします。今日は、よろしくお付き合いください。
 
Q:設定はとても特殊なのですが、現在を反映している作品だと思います。監督はずっとこの映画を撮る構想があったのか、それとも、今という時代に何か作らなければならないと短い時間で作られたのか、そこをお聞かせください。
 
監督:もともと地元で小さな作品を作りたいというアイデアは前からありました。そういう意味では長年温めてきた企画です。つまり、いわゆるひとつの製作の実験として、ほとんどお金をかけずに映画のようなものを作れるのか否かという、それを試す実験でした。ただ具体的な構想はその時点ではありませんでした。ところが1年半前の春、皆さんもご存知のように、ロシアがウクライナに侵攻しました。そのときに、われわれは非常に戦々恐々としたわけです。張り詰めた緊張感が漂って、急に戦争というものが、非常に身近な存在になりました。そういった感覚が今回の作品のモチーフの根底にあります。
 
Q:この作品を観始めとき、ウクライナの話かなと思ったら、どうやらそういう訳でもなさそうだと。少しディストピアといいますか、ある程度、架空の設定にしていくというのは、自然な選択だったのでしょうか?
 
監督:ディストピア的な世界を描くのが必然だったかどうかということですが、もともとは小さな密室劇を作りたいというのがスタートポイントでした。その緊張感を漂わせるために、近くで戦争が起きているという外的状況は、後から付け足したものです。もともとは小さな密室劇ありきで始まりました。シンプルに説明しますと、密室劇をやりたいという構想があって、近くで戦争が起きているという外的状況を注入したのですが、具体的に脚本を書き込んでいたわけではありません。役者の皆さんと即興で作っていったわけです。その作っていく過程で、ある疑問が脳裏に浮かびました。その疑問とは、一体、人間は何がどう悪くてこうなったのか。われわれ人間の心理にある歪みだとかそういうものを突き止めたいと思ったのです。たとえば人間にはエゴがありますが、エゴそのものが矛盾に満ちたものですよね。そういう人間のあれこれ、矛盾だとか歪みだとかから脱するにはどうしたらいいのか、出口はどこにあるのかということを探っていくひとつの過程を描こうとしたわけですが、そこから抜けられれば観客が一種の安らぎを感じられるようなものにしたかったのです。ですから、いわゆる従来からあるドラマツルギーや三幕構成と呼ばれる構造を崩しました。崩したことで、この映画をご覧になった皆さんは困惑したり、何がどうなっているのだろうと思う部分もあるかもしれませんが、これがうまく作用したのならば、一種の開放感を皆さんは感じられたのではないでしょうか。ということを考えると、これはひとつの禅問答というか、考案なのではないかと思っています。
 
Q:遠いエストニアからはるばる日本まで来てくださって、ありがとうございます。
監督への質問としては、タルコフスキーとなにか繋げるものがあるのかな?というところをお聞きしたいです。

 
監督:おっしゃる通りタルコフスキーの作品の影響はおおいに受けていまして、ただなにせタルコフスキーですから傑作なわけですね。僕がこの映画を作る上では、まるでその傑作の端っこにちょっと落書きをするような、そういう意識でこの作品を作ったのですが、確かに似ている部分があるのは否めないです。しかし、果たしてそれが実を結ぶのかという意味においては、自分自身をいまひとつ説得できていません。結局自己犠牲によって人間が持つ矛盾だとか葛藤を消化できる、解決できるんじゃないかといったのが彼だったのですが、そこまで説得力をもって自分自身を説得できるかということに関して自信がなくて、かといって、自信があったとしても、それは妄想でしかないというか、自分自身が傑作をつくったぞという妄想でしかないので、そういう意味では控えめな意識ではあります。なので、落書きをしてみたというような、そういう意識ではあります。
 
Q:ペドゥという存在はもともと何かあるのでしょうか?いわれとか言い伝えとか伝承とか、日本でいう天狗やなまはげみたいにもともとあるものなのか、宇宙の存在とかそういうものをイメージして名前をつけられたものなのか、そこを教えてください。
 
監督:実はばかばかしいジョークなんです。ペドゥは。実はペドゥというのはペテロ?ピーターかな?愛称というか短縮した呼び方だそうで、その意味を英語で説明するのは難しいみたいです。
ペドゥというキャラクターは、先ほどペテロと言いましたが、もともとはキリスト教に由来する名前でもあって我々にとってキリスト教が入ってきたときは侵略だったわけですね。非常に暴力的な侵略だったんです。キリスト教による。なのでそういう意味合いも含むわけですが、このペドゥと周りにいる男たちというのは、私としては男性的な、そして非常に神話的な考えをもつ人々を象徴していると思っていて、そういう意味では男性的で暴力的な考えを象徴しているのではないかと思います。ただペドゥというこの言葉自体、この響きはまるで童話にでてくるような可愛い子供の名前のように聞こえるそうなので、聞こえ的にはそうだということですね。なのでこれは言葉遊びなのですが、ちょっと英語で説明するのは難しいみたいですね。
 
そして更に説明しますと、このペドゥが訴える哲学というのは非常にネオプラトン主義とでもいいましょうか、プラトンの世界観を引き継いでいるわけですね。強いて言うなら中世のカトリシズムの流れを引き継いでいる。つまり、非常に禁欲的で暴力的なわけです。と同時に、男性性のばかばかしさも内在しているわけで、その二つの側面を持ったキャラクターなんです。
 
Q:そこのキリスト教の部分というのはわれわれ日本人にとっては理解しにくいところがあるのかも知れませんが、僕の幼稚な解釈でいきますと、逃げてきた二人も、一人は自由の象徴の鳥を出して、あの人は天使かな?とか、もう一人は足にキリストのような傷があって、この二人がよい方のキリスト教を代表している存在として世界を救いにきたのかな、というような解釈も少しあったのですが、それはいかがでしょうか?
 
監督:具体的に説明するのは非常に難しい部分があるのですが、一つには逃亡者二人を救うということがひとつの博愛の象徴であるという面があります。それと同時にいま、矢田部さんもおっしゃられたように、ひとりはキリストの聖痕、傷を負っており、ひとりは天使であるというイメージを受けたというのは、それもまた正解です。ただ、一番最後のシーン(監督がコーダの部分と説明した部分)は、そういった解釈をちょっとひっくり返しているところがありまして、というのは、登場人物は自分がキリストであるということを否定しているし、それを演じてきたんだということをぬけぬけと認めるわけですし、なのでそういう意味ではジョークでもあり、また、その決め付けだとか定義だとかを避けるものの一つでもあるわけですね。なので具体的にあれはこういう意味です、これはこういう風に解釈してくださいということを定めているわけではありません。という意味でこれもまた、そういう意味においては一つの混沌とか困惑の象徴でもあるのかなとも思います。
またさらに説明させていただくと、例えばこういった側面もあると思うんです。僕の映画で描いているキャラクターに、例えばネイティブ・アメリカ、インディアンの寓話のなかにもよく出てくる物なのですけれども、登場人物が実は聞き手を騙すトリックスターであり、且つ何かの精霊であると。つまり、その目的がいまひとつ何なのかわからないわけですね、このキャラクターたちが。けれども、なんだろうなんだろうと考えるうちに見ている方もちょっと操られてしまうという。だからそれを見て考える観客は操られ、そしていろいろ想像するような、そういう状態に最終的には置かれるということなんだと思います。

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